鳥居・探勝:島根県編

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出雲大社
出雲大社
場 所 ・島根県出雲市大社町大字杵築東
建築年 ・寛文6年=1666年
種 類 ・明神鳥居
材 質 ・銅製
形 状 ・高さ6m、柱径52cm
奉納者 ・長州藩2代藩主毛利綱広
文化財 ・国指定重要文化財
備 考
出雲大社:由来・歴史・概要
・出雲大社が何時頃に開創されたのかは判りませんが、出雲の国譲り神話で大国主命が国譲りの条件に天にも届くほどの宮殿を得た事が始まりとも云われています。

ただし、当初の出雲国一宮は熊野大社だった事から、出雲大社はそれ程格式が高くなかった、あるいは開創されてもいなかったとの説があり、古事記や日本書紀が成立した以降に何らかな政治的事情があったとも云われています。

平安時代中期の貞観9年以降は出雲国造が大穴持命(大国主大神)を祭る出雲国一宮となり、中世以降はそれが忘れられ、天台宗の鰐淵寺を別当寺院とし、素戔嗚尊を祭神として奉斎されました。

江戸時代中期頃に神仏分離が計られ、再び大穴持命(大国主大神)が主祭神となり、明治時代に入ってから杵築大社から出雲大社に社号を改めています。

延享元年に造営された出雲大社本殿と鎌倉時代初期に制作された秋野鹿蒔絵手箱 1合が国宝に指定されています。

出雲大社:境内画像
出雲大社:鳥居 出雲大社:参道 出雲大社:拝殿

出雲大社:付近地図(古地図風)
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出雲大社宇迦橋大鳥居
出雲大社
場 所 ・島根県出雲市大社町杵築南
建築年 ・大正4年=1915年
種 類 ・明神鳥居
材 質 ・鉄筋コンクリート造
形 状 ・高さ23m、幅14m、柱径108cm
奉納者 ・小林徳一郎
文化財 ・国登録有形文化財

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日御碕神社:神の宮(上の宮)鳥居(2基)
日御碕神社:神の宮(上の宮)鳥居
日御碕神社
場 所 ・島根県出雲市大社町大字日御碕
建築年 ・寛永21年=1644年
種 類 ・明神鳥居
材 質 ・石製
文化財 ・国指定重要文化財
備 考
日御碕神社:由来・歴史・概要
・下の本社(日沈の宮)は天暦2年に村上天皇の伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との勅命で開創したと伝わる神社です。

境内地から左程離れていない日本海に浮ぶ文島が当初の鎮座地で、島に生える百枝松を御神木として奉斎されていたとされます。海中には没したと思われる神殿と思われる地形も見られ、神聖視されていたと思われます。開化天皇の御代に社殿が造営されて神社としての体裁が整えられています。

上の本社(神の宮)は安寧天皇13年に安寧天皇の勅命で開創したと伝わる神社です。伝承によると素盞嗚尊が柏葉に願を掛け、自分が鎮まる聖地を占い、御子神である天葺根命がその地に御霊を勧請し奉斎したと伝えられています。

天歴2年に村上天皇の勅願で、現在地に日御碕に日沈の宮と神の宮を遷座し、社号を日御碕太神宮に改めています。

格式が高く延喜式神名帳に式内社御碕神社として記載され、出雲国風土記には美佐岐社として記載されています。

江戸時代に入ると徳川将軍家から庇護され寛永11年から21年まで徳川家光の命により多くの社殿が造営されています。

日御碕神社:境内画像
日御碕神社:随身門 日御碕神社:社殿 日御碕神社:回廊

日御碕神社:付近地図(古地図風)
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龍御前神社
龍御前神社
場 所 ・島根県大田市温泉津町温泉津
種 類 ・明神鳥居
材 質 ・石造
文化財 ・伝統的建造物(工作物)
備 考
龍御前神社:由来・歴史・概要
龍御前神社は天文元年に開創されたと伝わる神社です。境内背後の岩肌に「龍岩」と呼ばれる大岩があり、社号の由来になったとされます。

当地は温泉津温泉の温泉街と共に海運の拠点となった温泉津の港町でもあった事から、温泉関係者や漁師、船主、運送業者などから崇敬され、石灯籠や船絵馬が奉納されています。

温泉津温泉が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されると、社殿は伝統的建造物(建築物)、鳥居と石燈籠、狛犬は伝統的建造物(工作物)に指定されています。

龍御前神社:境内画像
龍御前神社:境内 龍御前神社:拝殿 龍御前神社:本殿

温泉津温泉:温泉街画像
温泉津温泉:温泉街1 温泉津温泉:温泉街2 温泉津温泉:温泉街3

龍御前神社:付近地図(古地図風)
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太皷谷稲成神社
太皷谷稲成神社
場 所 ・島根県津和野町後田ロ36番と後田ロ60番40に挟まれた町道上
建築年 ・大正15年=1926年
種 類 ・明神鳥居
材 質 ・石造
形 状 ・高さ約7m
文化財 ・伝統的建造物(工作物)
備 考
太皷谷稲成神社:由来・歴史・概要
太鼓谷稲成神社は安永2年に津和野藩7代藩主亀井矩貞が伏見稲荷大社から御霊を勧請し開創した神社です。

津和野藩の藩庁、藩主居館が設けられた津和野城から見て北東方向に位置している為、鬼門鎮守として歴代藩主から崇敬されました。

当初は津和野城の城山の一角にあった事から、一般庶民は参拝出来ませんでしたが明治4年の廃藩置県により津和野藩が廃藩、津和野城が廃城になると開放され、参拝出来るようになりました。

伏見稲荷神社、竹駒神社、笠間稲荷神社、祐徳稲荷神社と共に日本五大稲荷に数えられています。

津和野が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されると、社殿は伝統的建造物(建築物)、鳥居と石燈籠、狛犬は伝統的建造物(工作物)に指定されています。

龍御前神社:境内画像
太皷谷稲成神社:鳥居全景 太皷谷稲成神社:鳥居内部 太皷谷稲成神社:拝殿

津和野:町並み画像
津和野:町並み鳥瞰画像 津和野:武家町・町並み画像 津和野:町人町・町並み画像

太皷谷稲成神社:付近地図(古地図風)
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弥栄神社御旅所
場 所 ・島根県津和野町後田イ
建築年 ・大正15年=1926年
種 類 ・明神鳥居
材 質 ・石造
形 状 ・高さ約4m
文化財 ・伝統的建造物(工作物)
備 考
弥栄神社御旅所:由来・歴史・概要
弥栄神社は正長元年に当時の三本松城主である吉見氏が祇園社から御霊を太鼓谷山に勧請し開創したと伝わる神社です。

永享9年に吉見弘信が三本松城の鬼門鎮守として城から北東方向にある現在地に遷座しています。

例祭である「津和野弥栄神社の鷺舞」は天文11年に当時の津和野城主である吉見正頼が山口の祇園会の鷺舞を継承させたもので、毎年7月20日は本社から御旅所まで渡御が、27日には御旅所から本社へ還御が行われ、その最中に鷺舞が舞われます。「津和野弥栄神社の鷺舞」は古典芸能神事の遺構として貴重な事から国指定重要無形民俗文化財に指定されています。

津和野が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されると、鳥居と石碑(猿田彦大神)は伝統的建造物(工作物)、池と水路が伝統的建造物(環境物件)に指定されています。

弥栄神社御旅所:付近地図(古地図風)
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